
越境で問われるのは、外に出ることより専門を持って判断に入ること
製造部門の改善会議に、社内報を担当する編集者が加わることになりました。最初の数回、その人は議事録をとる係として扱われ、発言は求められません。ある日、工程の説明資料を見ながら「この言葉は、配属されたばかりの人には通じないと思います」と口にします。会議は少し止まり、その一言から、改善の目的が「手順を減らすこと」から「新しく来た人が一人で判断できること」へ書き換わりました。その人は製造の専門家になったわけではありません。編集の目を持ったまま、別の領域の決める場に入っただけです。
私たちGreatRIVERは、この動きを越境と呼んでいます。参画する人材が大切にする四つのことの一つに、「専門を持って、越境する。」を置いています。
越境とは、自分の専門を足場として手放さずに、別の領域の会議や意思決定の場に入り、何を良しとするかの判断に加わることです(GreatRIVER編集部)。
越境は、場所を移ることではなく、判断に加わることを指します。見学や出張のように別の場所へ行くだけでは、ここでは越境に数えません。
越境学習や越境人材とは、主語が違う
越境という言葉は、人材育成の分野ですでに広く使われています。越境学習は、普段の職場を離れて他社や地域、異業種の現場に身を置き、そこで得た気づきを持ち帰る学び方を指すことが多い言葉です。越境人材も、そうした経験を重ねた人を指して使われます。どちらも主語は学ぶ本人で、目的は本人の成長と、戻った職場での変化に置かれています。
私たちの言う越境は、主語が違います。主語は、入っていく先の判断です。外の領域で何を学ぶかより、入った先の決め方に何を持ち込むかを問題にします。学びはあとから付いてくるもので、目的ではありません。外で多くを学んだ人が、戻った職場の会議では何も言えずにいることがあります。学んだ場所と、判断が行われる場所が別々にあるからだと私たちは見ています。

副業や兼業とも重なって見えます。こちらは働き方や雇用の形を表す言葉です。二つの会社で働いていても、どちらでも依頼された作業だけをしているなら、判断の場には入っていません。反対に、一社の中でも、部署をまたいで別の部門の決める場に入れば、それは越境です。
越境学習を否定するものではありません。視野を広げる学び方として、意味のある仕組みです。違うのは、何のために境を越えるかです。
専門を手放した瞬間に、越境ではなくなる
越境の条件として私たちがいちばん重く見ているのは、「専門を持って」の部分です。クレドの説明にも、専門性は越境するための足場だと書いています。

境を越えるとき、専門を手放してしまうことがあります。新しい場の言葉を覚え、その場の人と同じように考えようとするほど、自分がそこに呼ばれた理由が薄れていきます。頼まれたことを何でも引き受けるうちに、気づけば便利な手伝いの人になっている。熱心な人ほど陥りやすい形です。
反対に、専門の中にとどまったまま隣の領域へ行くと、判断の場には入れません。依頼を受け、自分の専門の成果物を納めて帰る。受ける側と発する側に分かれた関係のままでは、領域をまたいでいても、決める場には呼ばれません。作る力があるのに決める場に呼ばれない状態は、作り手の能力ではなく、この関係から生まれます。
越境は、この二つのあいだにあります。編集なら編集、設計なら設計の目で見て、そこで見えたことを、相手の領域の判断の言葉で話す。足場は自分の専門に置き、言葉は相手の決め方に向ける。冒頭の編集者がしたのは、このことです。
なぜ、専門を持った人が判断の場に入る必要があるのか
新しい問題は、人と、人を取り巻く環境のずれから生まれ、新しい解決策は、同じ業界の外にある知から生まれる。私たちはそう考えています。同じ領域の人だけで話していると、言葉が似て、判断の軸が似て、疑わない前提が増えていきます。別の専門を持つ人がそこに居合わせると、当たり前だった前提に別の角度から光が当たります。
ただ、外の知は、判断の場に届かなければ使われません。報告書として外から渡された提言は、制約を知らないまま書かれ、正しいけれど実行できないものになりがちです。専門を持った人が判断の場に入り、その組織の制約を知ったうえで口を開くことで、外の知ははじめて、その組織の決め方の一部になります。
越境は、越える人だけでは成り立ちません。迎える側が、判断の場を開けておく必要があります。冒頭の編集者も、議事録の係のままだったら、気づいたことを口にする機会はなかったかもしれません。別の領域の人を会議に呼ぶなら、記録や制作の手伝いとしてではなく、その人の専門の目で見て気になったことを尋ねる時間を、議題の中に置いておく。越境が起きやすい組織は、そうした小さな段取りを持っています。
越境が起きているかを確かめる
越境しているかどうかは、肩書きの数や所属の数では分かりません。場面で確かめます。
その人は、別の領域の会議に名前で呼ばれて同席しているか。そこで、自分の専門の説明ではなく、相手の領域の判断にかかわる発言をしているか。その発言のあと、議論の目的や基準が書き換わったことがあるか。そして、その人は自分の専門の現場にも、いまも立っているか。
最後の問いは見落とされがちです。別の領域に深く入るほど、元の専門からは離れていきます。足場が痩せれば、そこから見えるものも減り、越境は続きません。
組織の側からも確かめられます。この半年、自分たちの決める場に、別の専門を持つ人が加わったことがあったか。加わったとき、その人に頼んだのは作業だったか、それとも判断についての意見だったか。
GreatRIVERの実践:足場を保ったまま、決める場に入ってもらう
GreatRIVERに登録しているクリエイター94名の所属は、2026年9月時点で、個人事務所が43名、企業所属が26名、フリーランスが25名です。多くの人が自分の事務所や所属先、自分の仕事を持ったまま、週1〜2日を中心に企業の会議に加わります。専門の現場から離れきらないこの形は、足場を保ったまま越境するための前提だと考えています。
私たちが創造性人材に求めているのは、確かな軸足を持ったうえで、肩書きに収まらず、戦略から実装までを行き来することです。自分の専門の外にある判断にも口を開く。ただ、そのときに頼りにするのは、あくまで自分の専門の目です。参画した人は、日々の会議に出て議論の当事者になり、異なる部署や専門のあいだに入って話を通じさせます。
同じクレドには「全力で、入り込む。」もあります。内部の言葉で話せるほど深く入ることと、外の専門の目を保つことは、互いに引っぱり合います。どちらかに寄りすぎた人は、組織に溶け込みながら外の目を手放さないことの難しさに、いずれ向き合います。私たちは、この引っぱり合いを解消すべきものではなく、越境の中身そのものだと捉えています。
まとめ:場所を移るのではなく、判断に加わる
越境とは、専門を足場として手放さずに、別の領域の判断の場に入り、何を良しとするかに加わることです。学ぶために外へ出る越境学習とも、二つの会社で働く副業とも、主語と目的が違います。
専門を手放せば便利な手伝いになり、専門の中にとどまれば成果物を納める人になる。越境は、その二つのあいだで、自分の目で見たことを相手の判断の言葉で話す行為です。
次に別の部署の会議に呼ばれたら、議事録の係を引き受ける前に、自分の専門の目で見て一つだけ引っかかったことを、その場の決め方の言葉に直して口にしてみる。越境は、その一言から始まります。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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