経営の意図と現場の形を行き来する、組織の翻訳者という役割

経営の意図と現場の形を行き来する、組織の翻訳者という役割

役員から「もっと現場が自分で考える組織にしたい」という依頼が届きます。受け取ったデザイナーは、すぐに資料をつくりはじめません。まず現場の定例会議に二度出て、議題がどう決まり、誰が話しているかを見ます。そのうえで、会議の進め方を変える三つの案を一枚ずつ絵にして、役員のところへ戻ります。「考える組織とは、この三つのうちどれに近いですか」。役員は一枚を指し、「これではない。こっちに近い」と答えます。抽象だった依頼が、その一言で、判断できる形になりました。

このデザイナーがしていたのは、制作の前の、訳す仕事です。私たちGreatRIVERは、経営の意図を現場が動ける形に置き換え、現場で起きたことを経営が判断できる言葉に置き換えて、そのあいだを行き来する人を「組織の翻訳者」と呼んでいます。肩書きの名前ではなく、役割の名前です。

組織の翻訳者とは、経営の意図を現場が動ける形に置き換え、現場の手応えを経営が判断できる言葉に置き換えて、そのあいだを行き来しつづける人のことです(GreatRIVER編集部)。

翻訳者は、言葉を運ぶ人ではなく、形を変える人

経営と現場のあいだに立つ人は、どの組織にもいます。ただ、その多くは伝える役です。経営の言葉をそのまま現場に運び、現場の数字をそのまま経営に運ぶ。運ぶ途中で言葉は変わらないので、受け取った側は、自分の仕事のどこを変えればいいのか分からないままです。この状態がどう生まれ、どこに表れるかは、経営と現場の分断で詳しく扱いました。

翻訳者は、運ぶ途中で形を変えます。経営の意図は、来週の会議の進め方や、試作や、判断の基準といった、現場が手に取れるものに変わります。現場の手応えは、数字の推移ではなく、何を良しとするかという経営の言葉で語り直されます。

図:翻訳者が行き来する四つの動き(GreatRIVER作成)

この往復は一度では終わりません。意図を聞き取り、形に起こし、現場で確かめ、その結果を経営の言葉で返す。返した言葉を受けて、経営の意図そのものが少し変わることもあります。翻訳者の仕事は、片方の言葉を正しく移すことより、両側の言葉が互いに影響しあう状態をつくることにあります。

なぜ、社内ではこの役が空きやすいのか

翻訳の仕事は、成果物として残りにくい仕事です。会議の進め方が変わったとき、それを誰が訳したかは記録に残りません。評価の仕組みは多くの場合、何をつくったか、どの数字を動かしたかを見るので、訳した仕事は見えにくくなります。

また、社内の人がこの役を担うと、どちらかの側に立つことを求められやすくなります。所属する部署の論理があり、上下関係があるからです。経営の意図に疑問を返すことも、現場の違和感をそのまま上に伝えることも、立場によっては難しい。

私たちが、社内の評価制度に乗らず半分は外の立場にいる半内部人材がこの役に向いていると考えるのは、そのためです。忖度なく問い返せる距離にいながら、内部の言葉で話せるところまで入り込める。ただし、社員には担えないという意味ではありません。役割として名前を付け、訳した仕事が見えるようにすれば、社内にも翻訳者は育ちます。

もう一つ、この役には特有の見えにくさがあります。翻訳がうまくいくほど、翻訳者は目立たなくなるのです。現場が方針を自分の言葉で語りはじめれば、あいだに誰かがいたことは忘れられていきます。それはこの役割の到達点でもあります。

伝言役、説明役、プロジェクトデザイナーとの違い

図:経営と現場のあいだに立つ役割(GreatRIVER作成)

伝言役は、言葉を正確に運ぶ人です。正確さは大切ですが、言葉の形は変えません。説明役は、方針の背景や意味を分かりやすく解説する人です。理解は深まりますが、それだけでは現場の行動は変わりにくい。翻訳者は、相手が動ける形に置き換え、その反応を持ち帰るところまでを担います。その場で言葉を言い換える通訳とも少し違い、時間をかけて形をつくり、それが使われた結果まで見届けます。

プロジェクトデザイナーとも重なりますが、力点が違います。プロジェクトデザイナーは、計画の前に問いと座組みを設計する人です。翻訳者は、動き出したあとの往復を担う人です。一人が両方を担うこともありますが、設計と往復を別の仕事として見ておくと、どちらの席が空いているかが分かりやすくなります。

翻訳者に向く人は、肩書きより往復の跡でわかる

翻訳者に決まった職種はありません。デザイナー、編集者、プランナー、プロジェクトマネージャー。どの職種からでもなれますが、共通しているのは、自分の専門の言葉を持ちながら、相手の言葉で話せることです。

見分けるには、その人の仕事の跡を見ます。方針が出た翌週に、現場向けのたたき台が出てきているか。現場の人が、方針の意味をその人に聞きに来ているか。その人が休んだ会議で、話が抽象か具体のどちらかに偏っていないか。何かをつくる前に、「これで誰の行動がどう変わるのか」を確かめているか。

創造性人材にとって、翻訳は、つくる力の使い道を広げる仕事でもあります。つくる人は、抽象的な依頼を手に取れる形にする訓練を、日々の仕事の中で積んでいます。その力は、そのまま組織の中で訳す力になります。

一方で、翻訳者にも気をつけたいことがあります。訳しすぎないことです。経営の意図を、自分が良いと思う方向へ寄せて訳したり、自分の案を通すために現場の声を選んで伝えたりすると、翻訳はいつのまにか代弁や誘導に変わります。良い翻訳者は、訳した形を見せるときに、元の言葉もいっしょに持っていきます。「役員はこう言っていました。それを私はこう受け取り、こういう形にしました」と、置き換えた過程を相手が確かめられるようにしておくのです。

GreatRIVERの実践:戦略から実装までを行き来する

私たちGreatRIVERに参画する人材が大切にしている四つのことのうち、二つがこの役割に直結しています。一つは「専門を持って、越境する。」です。確かな軸足を持ったうえで肩書きに収まらず、戦略から実装までを行き来する。もう一つは「正論ではなく、心を動かす。」です。組織は正論では動かないので、予算の構造や部署の力学、その人の動機を理解したうえで、対話で本心を引き出します。

訳す仕事には、考える言葉と、つくる手の両方が要ります。GreatRIVERに登録している創造性人材のうち、戦略と制作の両方を担える人は79名で、全体の84%です(2026年9月時点)。現場では、異なる部署や専門のあいだに入って話を通じさせること、意思決定の場に同席して選ぶための材料と基準を用意すること、言葉や絵や試作に起こして現実の反応で確かめることを、日々の仕事として担っています。

翻訳者がいなくなると訳も止まる、という状態は避けたいと考えています。そのため、何を学び、なぜ決め、なぜ捨てたかを、プロジェクトのあいだずっと記録に残します。その記録が組織の側に残っていれば、次に翻訳を担う人は、ゼロから始めずに済みます。

まとめ:訳した仕事に、名前を付ける

組織の翻訳者とは、経営の意図を現場が動ける形に、現場の手応えを経営が判断できる言葉に置き換えて、そのあいだを行き来しつづける人です。言葉を運ぶ伝言役とも、意味を解説する説明役とも違い、形を変えて往復するところに役割があります。

翻訳の仕事は見えにくく、社内では空きやすい席です。だからこそ、役割として名前を付けることから始まります。

方針が出るたびに、最初のたたき台をつくっている人を思い浮かべてみる。その人の仕事には、まだ名前が付いていないかもしれません。

執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)

企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。

GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。

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