
壁打ちは、答えをもらう場ではなく決める人の考えを鍛える場
「少し壁打ちさせてください」と、事業の責任者から三十分の予定が入ります。始まってみると、話の大半は状況の説明です。聞く側はうなずきながら要点をまとめ、最後に「私ならこうします」と一つの案を示す。責任者は礼を言ってノートを閉じます。翌週の会議で、その案は「詳しい人がこう言っていた」という前置きつきで紹介されました。
この三十分は、相談としては役に立ったのかもしれません。ただ、壁打ちにはなっていませんでした。決める人の考えが、何も鍛えられていないからです。私たちGreatRIVERは、壁打ちを、答えを受け取る場ではなく、決める人が自分の仮説を外の目にぶつけ、判断の理由を自分の言葉で言えるようになるまで考えを鍛える場だと捉えています。
壁打ちの主語は、相手ではなく決める人
壁打ちとは、決める人が自分の問いや仮説を外の目にぶつけ、答えをもらうのではなく、判断の理由を自分の言葉で言えるところまで考えを鍛える場のことです(GreatRIVER編集部)。
壁打ちは、もともと壁に向かってボールを打ち、返ってきた球をまた打つ一人の練習を指す言葉です。打つのは自分で、壁は返すだけ。仕事で使う壁打ちも、本来は同じ形をしています。主語は決める人で、相手が返すのは答えではなく、問いと反論と言い換えです。
だから壁打ちのあとに残るべきものは、相手の案ではありません。自分の仮説が強くなったか、捨てられたか。そして、なぜそうするのかを、相手の名前を借りずに説明できるかどうかです。冒頭の三十分で持ち帰られたのは、他人の結論でした。
なぜいま、壁打ちの相手が要るのか
事業の責任者ほど、本音の反論を受けにくい場所にいます。組織の内側では、評価や上下関係が言葉を選ばせます。部下は引き下がり、隣の部署の人は自部署の論理で話す。誰も悪くないのに、決める人のまわりには、賛成か沈黙が集まりやすいのです。
外の専門家に聞けば、遠慮のない意見はもらえます。けれど社内の制約や文脈を知らないまま返ってくる意見は、正しいけれど実行できないことが少なくありません。内側では反論が届かず、外側では文脈が届かない。決める人は、そのあいだで一人で考えることになります。
一人で考えることにも価値はあります。ただ、自分の前提には自分では気づきにくい。仮説を声に出し、反論を受けて言い直すと、前提のどこが弱いかが見えてきます。決める人の考えを鍛えるには、打ち返してくれる相手が要ります。
壁打ちと、相談やコンサルティングとの違い
壁打ちは、相談、助言、コンサルティング、社内の会議と同じ場面で使われることの多い言葉です。違いは、考える主体がどこにあるかで見ると分かりやすくなります。

コンサルティングは、論点を整理し、選択肢と答えを示します。依頼された範囲で最良の答えを出す仕事で、考える主体の多くは相手の側にあります。相談や助言は、経験や知識を受け取る場です。役に立ちますが、受け取ったものをどう使うかは、まだ考えられていません。反対の端にあるのは、一人で考えることです。主体は手元にありますが、前提を疑う相手がいません。壁打ちは、その中間にあって、主体を決める人に残したまま、外の目が打ち返す形です。
よくある誤解が三つあります。一つは、壁打ちをブレインストーミングと同じものと考えることです。ブレインストーミングは案を増やす場で、壁打ちは一つの仮説を強くするか、捨てる場です。もう一つは、壁打ちの相手は聞き役でよいという考え方です。うなずくだけの壁は、球を返しません。考えを鍛えるには、反論が要ります。三つ目は、上の立場の人に案を見てもらうことを壁打ちと呼ぶ使い方です。それは確認や承認の場で、相手が決める側に立っています。壁打ちでは、決める人は打つ側にいて、相手は決めません。
壁打ちで鍛えられるのは、答えではなく理由
壁打ちが深まっていく過程には、段があります。

最初の段では、決める人が状況を話します。冒頭の三十分は、ここで終わっていました。次に、仮説を置く。いまの自分はこう考えている、という一文です。その仮説に、相手が反論や別の見方を返す。最後に、決める人が反論を踏まえて、自分の言葉で理由を言い直す。ここまで来ると、翌週の会議で前置きは要らなくなります。
壁打ちになっていたかは、終わったあとに確かめられます。話していた時間は、決める人のほうが長かったか。持ち帰ったのは相手の案ではなく、次に確かめる問いだったか。捨てた仮説が一つでもあったか。そして、「なぜそうするのか」を、相手の名前を出さずに説明できるか。
良い壁の条件は、利害と距離と返し方
壁打ちの相手を選ぶときに見るのは、肩書きより、三つの条件です。
一つは利害です。特定の答えで得をする相手は、意図しなくても、その答えのほうへ球を返します。相手が何を増やせば報酬が増える立場にあるかは、利害の向きとして整理しています。
二つ目は距離です。遠すぎる相手は文脈を知らず、一般論を返します。近すぎる相手は社内の力学の中にいて、言いにくいことを飲み込みます。文脈は知っているが、評価や上下関係の外にいる。この中間の距離を、私たちはEmbedded Distanceと呼んでいます。
三つ目は返し方です。私たちの人材が大切にしていることの一つに、「正論ではなく、心を動かす。」があります。組織は正論では動かない。予算の構造、部署の力学、その人の動機を理解したうえで、対話で本心を引き出す。壁打ちで返すべき球も、正しい答えではなく、決める人が本当はどう考えているかを言葉にさせる問いです。
GreatRIVERの実践:言葉にするのは一緒に、決めるのは企業の側
私たちGreatRIVERは、壁打ちを、相談の入り口にもプロジェクトの中の役割にも置いています。始まる前の段階では、事業の担当者と、いま何が足りないのかを話すところから関わることがあります。プロジェクトが動きはじめてからは、意思決定の場に同席し、選ぶための材料と基準を用意する中で、決める人と仮説を確かめ合います。
プロジェクトの中の壁打ちが効くのは、相手が日々の会議に居合わせているからです。前の会議で誰が何を言いよどんだか、どの部署の事情が話を止めているかを知っている相手なら、返す球はその人の文脈に合ったものになります。単発の相談では、時間の多くが状況の説明に使われてしまいます。
そのとき線を引いていることがあります。外から加わる私たちが言葉にするのは、仮説と「なぜいまなのか」です。判断は、企業の側が持ちます。外の目で問い、内の文脈で動かす。壁打ちの場でも、この役割の分け方は変わりません。答えを代わりに出せば、その場は速く進みますが、決める人の考えは鍛えられないまま残ります。
壁打ちで鍛えた理由が組織の決定になるには、誰が、何を基準に、どの順で決めるかという道筋が要ります。その設計は意思決定のデザインの記事で扱いました。私たちが目指しているのは、壁打ちの相手がいない日にも、決める人が同じ問いを自分に向けられるようになることです。
まとめ:持ち帰るのは案ではなく、自分の言葉になった理由
壁打ちとは、決める人が自分の問いや仮説を外の目にぶつけ、判断の理由を自分の言葉で言えるところまで考えを鍛える場です。答えをもらう相談やコンサルティングとは、考える主体が決める人の側に残る点で違います。良い壁は、特定の答えに利害がなく、文脈を知りつつ評価の外にいて、正論ではなく問いを返します。
次の壁打ちが終わったら、相手の言葉を一度も引かずに、決めたことの理由を誰かに話せるかを試してみる。話せたなら、その時間は答えをもらう場ではなく、考えを鍛える場になっていたということです。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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