
専門人材のマネジメントは、成果を才能で片づけないことから始まる
期末の評価シートを前に、ある開発部門の課長は、コメント欄に一行だけ書き込みます。「余人をもって代えがたい」。十年近く製品の評価試験を任せてきた技術者で、難しい不具合が出るたびに原因を言い当て、取引先の技術者とも話が早い。その一行に、迷いはありませんでした。同じ週、人事から一通の問い合わせが届きます。もしその人が異動や退職で抜けたら、あの仕事は誰が担うのか。課長は返信の画面を前に、しばらく何も打てずにいました。
専門人材を活かすマネジメントとは、その人の力を引き出すことと、その人の仕事を組織が説明できるようにすることを、一つの仕事として扱うことです。成果を才能の一言で片づけず、その人が何に気づき、なぜそう判断し、誰とつないだのかを聞き取って、別の人も担える役割の言葉に置き換えていく。それが、一人に仕事が集まる属人化を解いていく手立てにもなります。あわせて、成果を見る場とは別に、本人の状態に目を向ける場を置く。

専門人材を活かすマネジメントとは
研究者、エンジニア、デザイナー、法務や財務の専門家。専門人材の仕事は、結果は見えても、どこを見て、何を捨て、なぜその道を選んだのかが本人の頭の中で進むことが多い。だからマネジメントの話は、つい「どう任せるか」「どう報いるか」に寄っていきます。
専門人材を活かすマネジメントとは、成果をその人の才能に帰して終わらせず、その人が何に気づき、どう判断し、誰とつないだかを、組織が担える役割の言葉に置き換えていくことです(GreatRIVER編集部)。
置き換えるのは、成果の背後にあった働きの説明です。その人の名前は消えません。名前だけで語られていた仕事が、初めて中身で語られるようになります。
「活かす」には、本人が力を出しつづけられることと、その力が組織の仕事として続いていくことの、二つの向きがあります。力を引き出すことだけを考えれば、仕事は一人に集まりつづける。組織の仕事にすることだけを考えれば、本人は自分の仕事を取り上げられるように感じる。二つは、一緒に扱って初めて両立します。
「あの人だからできた」の、二つの読み方
難しいプロジェクトのあと、振り返りの場で「あの人だからできた」という言葉が出ることがあります。
一つめの読み方は、そのまま称賛として受け取ることです。同じ情報を前にしても、気づく人と気づかない人がいる。積み重ねた経験と、仕事への妥協のなさが、その差をつくっています。名前を挙げて感謝されることは、次の仕事への力にもなります。
二つめの読み方は、少し居心地の悪いものです。そう口にするとき、私たちは、その人が何をしたのかを説明していません。説明できないから、人の名前で代わりにしている、とも読めます。
称賛の気持ちは本物で、同時に、組織がその仕事の中身をつかめていないことも本当です。困るのは、一つめの読み方だけで話が閉じ、二つめが誰にも気づかれないまま積み重なっていくことです。
属人化は、専門人材の側ではなく、組織の言葉の側で起きる
「余人をもって代えがたい」は、心からの評価でした。そして人事の問いに答えられなかったのも、同じ一行のためです。褒めることと、任せきりにすることは、同じ欄に書かれています。
属人化の原因は、しばしば本人に求められます。けれど多くの場合、属人化はもっと静かに進みます。一つは、評価の書式です。評価シートが聞くのはたいてい何を達成したかで、どう判断したかを書く欄は、あってもとても小さい。もう一つは、周りの頼り方です。「あの人に聞けば早い」は合理的な判断ですが、聞けば済むあいだは、誰もその人の判断を自分でたどろうとしません。そして、頼られる人ほど手が空かず、説明を求められる機会もない。説明しなくても、仕事は回っているからです。
属人化は、専門人材が仕事を囲い込んだ結果というより、組織がその仕事を言葉にする機会を見送りつづけた結果に近いものです。
属人化を解消するには、成果を役割の言葉に置き換える
まずすることは、聞くことです。成果が出たとき、その人に三つのことを尋ねます。
何に気づいたのか。数値の動きか、顧客の言い回しか、図面の一箇所か。なぜそう決めたのか。選ばなかった案は何で、どうしてそちらを外したのか。誰とつないだのか。社内外の誰に、どの段階で声をかけたのか。

答えを聞いたら、人の名前から切り離して、役割として書き出します。たとえば「試験データの小さな変化から、量産前に設計の見直しを持ちかける役割」。役割の言葉になると、次に誰が担えるかを話し合えるようになります。全部を担える後任はいなくても、一つずつなら引き受けられる人がいる、ということは珍しくありません。
この聞き取りは、評価のための面談とは分けたほうが進みます。評価の場では、出てくるのは結果の話になりがちです。プロジェクトが一区切りついたとき、評価とは関係なく「あのとき、何を見ていたのか」を聞く。それだけで、出てくる言葉はずいぶん変わります。本人にとっても、当たり前にしていた判断が意外に込み入っていたと気づく、自分の仕事を少し離れたところから見る機会になります。
私たちGreatRIVERも、企業のチームに外から加わる人を提案するとき、その提案が人材紹介と同じ構造になっていないかを自分たちに問い、提案の単位を「人」から「役割」に変えました。参画する人に求める姿勢を言葉にする試みの中には、「『この人だからできた』を、組織が再現できる形にする」という一文があります。あわせて、人材の働きぶりを企業と共有する月ごとの場とは別に、参画している人のケアと、知見の共有のための場を、毎月設けています。
成果を見る場とは別に、ケアの場を置く
役割の言葉への置き換えを続けていくと、一人の人の中に、いくつもの働きが重なっていたことが見えてきます。

気づくこと、決めること、つなぐこと。三つが一人の中で同時に起きていたから、あの人の仕事は速く、的確でした。そして三つを一人で抱えていたことは、外からはほとんど見えません。
マネジメントのもう半分は、この重なりを担っている人の状態に目を向けることです。成果の話をする場では、期限や数字が先に立ち、本人も「大丈夫です」と答えやすい。だから、本人の状態だけを話題にする場を別に置きます。気づいたのに、伝える相手がいなくて抱えていることはないか。決めたことが、あとから覆されつづけていないか。つなぐ役回りが増えすぎて、本来の仕事の時間が削られていないか。
ケアの場は、上司との一対一でも、同じ専門を持つ人どうしの集まりでもかまいません。大切なのは、そこで話したことが評価に使われないと、本人が信じられることです。
置き換えだけなら、専門人材は自分の仕事が分解され、持っていかれるように感じるかもしれない。ケアだけなら、仕事は一人に集まりつづける。二つが並んで初めて、本人は力を出しつづけ、組織はその力を自分たちの仕事として再現できるようになります。

まとめ:代えがたい人の仕事を、組織の言葉にする
振り返りの場で人の名前が挙がるとき、そこには称賛と、組織がその仕事をまだ説明できていないことの、両方が含まれています。成果が出たら、何に気づき、なぜそう決め、誰とつないだかを聞く。答えを別の人も担える役割として書き出す。そして、成果を見る場とは別に、その人の状態を話せる場を置く。
評価シートに向かう前に、課長は試験室に寄ります。この前の不具合のとき、最初にどの数値を見たのか。技術者は少し考えてから、モニターの端のグラフを指さしました。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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