
ジョブローテーションで失われるのは、人ではなく「なぜ始めたか」
三月、内示が出た週の金曜日の午後に、共有カレンダーから通知が一つ届きます。「主催者により削除されました」。消えたのは、半年ほど続いてきたプロジェクトの週次の打ち合わせでした。主催していたリーダーが、四月からの異動に備えて自分の予定を整理しただけで、プロジェクトを閉じるという話は誰の口からも出ていません。四月、後任が着任したころには、その打ち合わせはもう、誰の予定表にも入っていませんでした。
ジョブローテーションのデメリットを、プロジェクトの側から見ると、こうなります。担当者が異動するとき、進捗や資料は後任に渡っても、そのプロジェクトが何を確かめるために始まったのか、途中で何をなぜやめたのかは、人と一緒に部署を出ていく。定期異動の暦は年度でめくられ、取り組みが手応えをつかむ時期を待ちません。制度はそのままでも、何を確かめるかを人の任期から切り離しておけば、この損失は小さくできます。

ジョブローテーションのデメリットとは
ジョブローテーションは、社員を計画的に異なる部署や職務へ移していく人事の仕組みです。視野を広げること、将来の管理職や経営を担う人を育てること、仕事が一人に偏るのを防ぐことが目的として挙がります。一般に語られるデメリットも、専門性が深まりにくい、引き継ぎや仕事を覚えるまでの負担がかかる、希望と配属が合わず意欲が下がるなど、よく知られています。どれも人の側から見た論点です。
ジョブローテーションのデメリットとは、計画的な異動で人が経験と視野を広げる一方で、部署やプロジェクトの側では、担当者と一緒に問いと判断の理由が移ってしまい、途中の取り組みが続かなくなることです(GreatRIVER編集部)。
「問い」は、そのプロジェクトが何を確かめるために始まったのか。「判断の理由」は、途中で何を選び、何を試してやめ、それはなぜだったのか。仕事の手順なら引き継ぎの場で説明できますが、手順の奥にある「なぜそれをしているのか」は、進捗表や報告の資料には書かれにくいものです。
プロジェクトの暦と、人事の暦
プロジェクトには、プロジェクトの暦があります。誰かが「これを確かめたい」と言い出し、小さく試し、案を絞っていく。最初の手応えが出るまでに、半年かかることもあれば、一年を越えることもあり、いつ出るかは始めた本人にも分かりません。
人事の暦は、毎年ほぼ同じ日付でめくられます。全社の配置を一度に組み替えるには、日付をそろえるほかないからです。プロジェクトの計画表には担当者がいつ異動しそうかは書かれず、人事の配置の表にはどのプロジェクトがどの段階にあるかは書かれていない。二つを重ねて眺める人は、どこにもいません。

図の中ほどの段は、どちらの暦にとっても決まった行事の一つにすぎません。ただプロジェクトの側から見ると、それは取り組みがようやく手応えをつかみかけた時期に重なりやすい。二つが交わる日に何が起きるかだけが、どちらの予定表にも書かれていないのです。
送別と着任のあいだで、予定が消えていく
異動が告げられてから着任までは、数週間ほどしかないこともあります。仕事の整理、新しい部署の下調べ、あいさつ、送別の席。自分が主催してきた会議を、後任の顔も分からないうちから預けるわけにもいかず、いったん消しておく。ごく自然な判断です。
受け取った側には、打ち合わせがなくなったことは分かっても、プロジェクトがどうなるのかは知らされていない。後任が来たら話が出るだろうと、待つことにします。
四月、着任した後任が受け取ったのは、担当業務の一覧と、共有フォルダの場所と、進行中の案件の説明でした。プロジェクトも一覧に載ってはいますが、添えられているのは「検討中」の三文字だけです。机には、締め切りの決まった仕事から先に積まれていきます。最後の議事メモには、「次回、二つ目の案の反応を共有」と書かれたままです。
プロジェクトを閉じる会議は、一度も開かれていません。終わりを告げたのは、三月の内示だけでした。
人事異動でプロジェクトが続かなくなるのは、問いと判断の理由が担当者と一緒に移るから
進捗、資料、関係者の名前、予算の使い道、次の作業。後任にはきちんと説明されます。渡りにくいのは、別の二つです。
一つは、何を確かめるためのプロジェクトだったかです。「既存の製品を、これまでと違う顧客に、違う使い方で届けられるか」なのか、「その使い方に、お金を払う人がいるか」なのか。資料の題名はどちらも同じ「〇〇の検討」でも、どちらの一文を抱えているかで、次に試すことが変わります。始めた本人には当たり前すぎて、改めて書かれることの少ない一文です。
もう一つは判断の理由です。三か月目に一つの案をやめたのは、顧客の反応が薄かったからか、費用が見合わなかったからか、確かめたいことから外れていたからか。資料に載るのは結果だけで、理由を知らない後任は、やめた案がもう一度持ち上がったとき、止めることも勧めることもできません。
あの一文を口にできる人が一人しかいなければ、その人の任期が、そのままプロジェクトの任期になります。

図の右上と左下を分けるのは、その一文が、異動しない誰かの口からも出てくるかどうかです。
ジョブローテーションのデメリットを抑えるには、問いを人の任期から切り離す
制度をやめれば消えるものではありませんし、人が動くことで育つものも確かにあります。手当てしたいのは、何を確かめるかが一人の任期に結びついている状態です。
一つめは、何を確かめるためのプロジェクトかを、異動の時期がずれる二人以上で持つことです。立ち上げの段階で、あの一文を、着任の年や部署の違うもう一人と共有しておく。二人目は、手を動かす量が少なくてもかまいません。
二つめは、判断の理由をその都度書き留めることです。議事メモに「やめた案と、その理由」の欄を一つ足すだけでも、数か月後に読む人が受け取れるものは大きく変わります。
三つめは、異動の暦をプロジェクトの計画に最初から書き込むことです。メンバーの着任時期を並べれば、次の異動の時期はおおよそ見当がつき、どこで担い手が替わりうるかを立ち上げの時点で話し合えます。
四つめは、内示から着任までのあいだ、誰が予定を持つかを決めておくことです。週次の打ち合わせの主催者を異動しない人へ移し、プロジェクトを預かる人を一人決めておけば、通知が届く日があっても、予定そのものは消えずに済みます。
どれも、人事の制度を変えずに、プロジェクトの側で始められることです。異動するのは人で、問いまで一緒に異動させなくていい。
私たちGreatRIVERは、企業のプロジェクトに伴走するあいだ、「何を学び、なぜ決め、なぜ捨てたかを記録し、組織の知として残す」ことを、期間を通じて続ける仕事の一つに置いています。人の入れ替わりのあとにプロジェクトが続くかどうかは、そうした書き留めが手元にあり、それを読んで引き取る人がもう一人いるかどうかに左右されると見ています。

まとめ
ジョブローテーションのデメリットは、人の側だけでなく、プロジェクトの側にも出ます。人事の暦はプロジェクトの暦を待たず、担当者と一緒に、何を確かめるために始めたかと、何をなぜやめたかが移っていく。手当ては、人事の制度を変えずに、プロジェクトの側で始められます。
来年の三月にも、内示の出た週の金曜日に、あの通知が届くことがあるかもしれません。そのとき消える予定を、異動しない誰かの予定表へ先に移しておけるかどうか。それを決めておけるのは、まだ何も起きていない今のうちです。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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