
デザイナーのキャリアパスは、管理職と専門職の二択ではない
人事制度の説明資料をめくっていくと、終わりのほうにキャリアの図が載っています。入社から数段上がったところで矢印が二つに分かれ、片方には「マネジメント職」、もう片方には「専門職」と書かれている。自分の等級を指でたどってみると、分かれ道のすぐ手前にありました。チームを持つのか、つくりつづけるのか。次の面談あたりで、上司からそう聞かれそうな気がしています。
デザイナーやアートディレクターのキャリアパスは、管理職と専門職の二択に限られません。確かな専門を一つ持ったまま、事業や戦略の議論から制作の現場までを行き来する役割へ広がっていく道もあります。チームを率いる道にも、腕を深める道にも、それぞれの価値がある。そのうえで三本目の道を数えに入れると、分かれ道の手前で考えられることが一つ増えます。

デザイナーのキャリアパスとは
キャリアパスという言葉は、多くの場合、昇進の順序を指して使われます。デザイナーの場合は、そこに「率いる側に回るか、つくる側に留まるか」という分かれ目が加わります。ここでは、もう少し広く言い表します。
デザイナーのキャリアパスとは、管理職と専門職という二つの階段だけでなく、確かな専門を足場に、戦略から制作までを行き来する役割へ広がっていく道筋のことです(GreatRIVER編集部)。
三つは優劣ではなく、仕事の重心をどこに置くかの違いです。ある時期は現場に深く入り、ある時期は人を率い、ある時期は部署のあいだを動き回る。重心は、時期によって移っていきます。
二股の矢印が描いているもの:管理職と専門職、それぞれの道
管理職の道は、チームを率い、人を育てる道です。手を動かす時間は減りますが、メンバーが力を出せる環境を整え、デザインの意図を経営や他部署に説明し、予算や人の配置を決める側に回る。作り手の事情が分かる人が上にいるかどうかで、チームの仕事の質は大きく変わります。管理職になることは、作り手をやめることではなく、つくる人たちの環境をつくる仕事に移ることです。
専門職の道は、つくる腕を深め、品質を担う道です。等級が上がっても現場に留まり、難しい案件の要になり、組織のデザインの質を下から支える。ものの出来に責任を持つことに手応えを感じる人にとって、この道は回り道ではありません。
そのうえで図をもう一度眺めると、矢印がどれも上を向いていることに気づきます。事業部の企画会議で新しい商品の方向を一緒に考えた半年や、広報と開発のあいだで言葉とビジュアルをそろえた一年は、図のどこにも載っていません。道が二つしかないように見えていたのは、上へ向かう矢印しか描かれていなかったからです。
縦の階段の外にある、行き来する仕事
図に載っていない仕事には、たとえば次のようなものがあります。
事業の方向が定まらない会議で、言葉だけの議論が同じところを回っている。そこにデザイナーがラフを一つ置くと、「それは違う」「むしろこっちだ」と論点が急に具体的になる。依頼書の通りにつくる前に、「そもそも、誰に何を伝えるためのものか」を企画の側へ問い返す。広報の言葉と営業の資料と店頭の表示がそろっているかを見て回り、食い違いを見つけたら関係する人を同じ机に集める。
どれも組織に欠かせない働きですが、決まった肩書きがなく、兼務として引き受けられることが多い。等級の表に書かれていないので、担った本人も評価の面談でうまく説明できないまま、次の案件に移っていきます。

三つの道は上下の関係になく、行き来する役割は管理職と専門職の妥協案でもありません。管理職と専門職が「どこまで上がるか」を示す道だとすれば、行き来する役割は「どの方向へ広がるか」を示す道です。向きが違うので、ほかの二つと重ねて持つこともできます。
戦略と制作の両方に手が届く人は、少なくない
戦略から制作までを行き来できる人と聞くと、ごく一部の特別な人を思い浮かべるかもしれません。
参考になる数字を一つ挙げます。企業のチームに外から加わるクリエイターとして、GreatRIVERに登録している94名のスキルの集計です。戦略・事業またはブランド・言葉の側と、デザイン・体験または制作・ディレクションの側の、両方にスキルを持つ人は79名で、全体の84%でした。94名全体の登録時の所属は、個人事務所が43名、企業所属が26名、フリーランスが25名です。

集計の対象は、外から加わる働き方を選んだ人たちで、デザイナー全体を代表するものではありません。スキルは本人の登録によるもので深さまでは表さず、所属の内訳も79名ではなく94名全体のものです。そのうえで言えるのは、戦略と制作の両方に手が届くことは、一部の特別な人だけの資質とは言い切れない、ということです。登録者には、企業に所属している人も少なくありません。
専門を足場に、行き来するキャリアのつくり方
行き来する役割は、会社を移ったり独立したりしなければ歩けない道ではありません。いまの職場の日々の仕事の中で、少しずつ広がっていくことが多いものです。
まず確かめたいのは、拠りどころになる専門です。迷わず「ここは任せてください」と言える領域を一つ挙げられるかどうか。拠りどころのないまま部署のあいだを動き回ると、いつのまにか日程と連絡を調整する係になってしまいます。ラフ一つで議論を動かせるのは、確かな手があるからです。専門は、登る階段ではなく、行き来するための足場です。
そのうえで、自分の仕事の一つ手前と一つ後ろに手を伸ばしてみます。一つ手前とは、依頼が生まれるところです。なぜいまこの制作物が要るのかを依頼した人に尋ねに行き、企画の会議に一度だけでも同席させてもらう。一つ後ろとは、つくったものが使われるところです。納めた資料が現場でどう使われ、画面のどこで利用者が迷っているのかを見に行く。手前と後ろを知ると、自分の専門が事業のどこに効いているのかが見えてきます。上司の側も、企画の場に制作の担当者を一人呼んでおくだけで、行き来の入口が一つ増えます。
自分の仕事を語る言葉も、肩書きから担った役割に変えていきます。肩書きは横への動きを運んでくれません。「新しいサービスの方向を決める議論に加わり、三つの案を見せて論点を絞った」のように、どの場で何を担ったかで語る。言葉にしておけば、組織の側も、その人にどんな仕事を頼めるのかが分かるようになります。
私たちGreatRIVERは、企業のチームに半内部の立場で加わる創造性人材に、「専門を持って、越境する。」という姿勢を求めています。確かな軸足を持ったうえで、肩書きに収まらず、戦略から実装までを行き来する姿勢です。私たち自身の組織でも、外部の人材として案件に関わった人が、のちに社員として加わりました。

まとめ:三本目の道を、どの向きに伸ばすか
デザイナーのキャリアパスは、管理職と専門職の二択には限られません。チームを率いる道も、腕を深める道も、それぞれに価値のある道です。そこにもう一つ、確かな専門を持ったまま、戦略から制作までを行き来する役割へ広がっていく道を数えることができます。自分の専門を一つ確かめ、仕事の一つ手前と一つ後ろに手を伸ばし、担った役割を自分の言葉で語る。三本目の道は、そうした日々の積み重ねの中で広がっていきます。
次の面談で、上司はおそらく、チームを持つのか、つくりつづけるのかと尋ねます。そのとき三本目の道を、どの向きに描いて答えるか。事業の議論のほうか、使われる現場のほうか、それとも、まだ話したことのない別の部署のほうか。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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