
マーケティング内製化で届かなくなるのは、他社と比べる手がかり
内製化して一年が過ぎた月の、施策レビューの会議。画面に映る資料には、広告の反応、サイトからの問い合わせ、SNSの投稿ごとの数字が並び、比較の列は「前年同月比」の一つだけです。数字はおおむね上を向いていて、議事録には「引き続き注視」と書かれて、会議はお開きになります。代理店に運用を任せていた頃は、定例の終わりに先方の担当者が「ちなみに、ほかの業界ではこういう出し方が反応を取っています」と数分ほど話すのが常でした。その数分は、当時の議事録のどこにも残っていません。
マーケティング内製化の課題のうち、計画の段階で数えにくいものがあります。外部のパートナーが複数の会社を横で見ていたから届いていた、よその会社と比べる手がかりが、内製化のあと社内に入ってこなくなることです。施策の手と数字は社内に移っても、自社の施策がどこまで良いのかを測る相手は、去年の自分たちに限られていく。人手の不足より先に、この比較の狭さとして現れるデメリットです。

マーケティング内製化の課題とは
マーケティングの内製化は、広告運用、SNSの運用、記事や動画の制作など、これまで代理店や制作会社に任せていた仕事を、社内のチームが担うように切り替えることです。インハウス化と呼ばれることもあります。ねらいは、施策を速く回すこと、顧客の反応を自社の手元で受け止めること、試した結果を社内の知見として積み上げることにあります。
マーケティング内製化の課題とは、広告運用や制作を社内に移す過程で生じる、人材・ノウハウ・判断の偏りの問題です。なかでも見落とされやすいのが、外部のパートナーが複数の会社を横で見ていたからこそ運べていた、他社と比べる情報が届かなくなることです(GreatRIVER編集部)。
一般に挙がる課題は、担当者の採りにくさと育成の時間、一人の担当者に領域が集まることの危うさ、繁忙期と平常期の業務量の差、制作物の良し悪しを誰が判断するかの曖昧さです。どれも計画の時点で議題に上がりやすく、計画表に項目を立てて手を打つことができます。計画表に項目が立つ課題は、ここまでです。
マーケティング内製化のメリット:社内に移ったもの
広告の入稿も、投稿の作成も、レポートの集計も、社内の誰かの手で行われるようになります。外部に任せていた頃は、依頼を書き、見積もりを受け取り、確認を経てから動くのが通常の手順でした。内製化のあとは、午前の打ち合わせで決めた変更を、その日のうちに反映できます。小さな試しを何度も重ねられることは、いちばん分かりやすいメリットです。
問い合わせの文面や投稿についたコメントといった顧客の声も、加工されないまま手元に来ます。数字の動きと顧客の言葉を、同じ人が同じ日に見られるようになり、どの出し方が反応を取ったかの記録も、社内に積み重なっていきます。商品が生まれた経緯や、法務の確認が要る言い回しといった社内の事情を、外部に毎回説明する手間も減り、説明しきれなかった細部が施策のなかに入るようになる。
ここまでは、内製化の計画が期待したとおりのものです。代理店に任せることにも、内製に切り替えることにも、それぞれの理由がある。そのうえで数えていくと、計画のどこにも名前のなかったものが、一つだけ残ります。
マーケティング内製化のデメリット:社内に移らなかったもの

表の最後の行だけが、内製化のあとで行き先を失っています。他社と比べる情報は、代理店に任せていた頃は打ち合わせのなかで届いていたのに、内製化のあとは、届く決まった経路がありません。
外部のパートナーは、同じ時期に別の業界の広告を運用し、別の会社の記事をつくっています。そのため、どんな出し方がいま反応を取りやすいか、どこでつまずきやすいかを、仕事を通して知っている。個別の会社の数字や計画ではなく、複数の現場を見たうえで一般化された、手ざわりのある知見です。
この知見は、決まった形で納品されるものではありませんでした。定例の終わりの数分、「前に別の案件で試したときは」という前置き、資料の端に添えられた参考の画像。発注書にも、内製化の計画にも載っていないものは、届かなくなっても、何かが欠けたとは感じにくいのです。
比べる相手が、去年の自社だけになるとき
内製化のあとも、比べる相手がいなくなるわけではありません。前年の同じ月の自社や、社内のほかの事業と並べる比較は、毎月の報告に欠かせません。

内製化で届きにくくなるのは、この図の右半分です。
問い合わせが前年より増えた。それが同じ業界のなかで良い数字なのか、市場全体の伸びに届いていないのかは、前年同月比の列からは分かりません。数字が落ちたときも、自社のやり方に原因があるのか、業界全体の需要が落ちたのかを分けられない。前年比は、上がったか下がったかしか教えてくれません。
比べる相手が去年の自社だけになると、去年より良ければ合格なので、去年の出し方を少しずつ直す改善が続きます。改善は手堅く、数字も大きくは崩れません。その一方で、去年の自社のどこにもなかった出し方、たとえば別の業界でいま反応を取っている見せ方は、誰も持ち込まない。持ち込む人がいないので、試す理由も生まれにくくなります。一年、二年と過ぎるうちに、チームのなかに「新しいことを試していない」という感覚が広がっていくことがあります。
マーケティング内製化の課題を解く:比べる相手を、社外に持ちつづける
代理店に任せ直すか、内製を続けるかの二択で考えなくても、社外と比べる情報が入ってくる経路は、意識してつくることができます。
外部のパートナーとの関係は、作業の発注だけで終わらせなくてもかまいません。四半期に一度、業界の動きを聞く打ち合わせを持つ。新しい施策の前に、ほかの業界で同じような試みがあったかを尋ねる。月次のレポートに、同じ業界で公開されている数字や、業界団体や媒体社の資料の数字を並べる列を持たせれば、まったく同じ条件ではなくても、自社の数字がどのあたりにあるのか見当はつきます。異なる業界の担当者と話す場や、業務委託や副業でほかの会社の仕事を並行している人をチームに迎えることも、やり方ごと違う例を運んできます。どの形でも、運ばれるのは他社の秘密ではなく、複数の現場を見たうえでの知見です。
私たちGreatRIVERも、内製を否定する立場ではありません。社内のチームが手を動かす体制はそのままに、よその現場の手がかりが届く経路の一つとして関わる形を用意しています。同じ人が複数の企業に関わっていることを大事にしているのは、会社の情報ではなく、一社で掴んだ現場の勘どころを、次の現場に持ち込めるからです。導入後に毎月持つ打ち合わせでも、業界を越えたトレンドや話題を共有するようにしています。

まとめ:レビューの最後の五分
マーケティング内製化の課題は、採用と育成、担当者への偏り、繁閑、制作物の判断と、計画表に項目の立つものから順に現れます。そのうえで、手と数字が社内に移ったあと、よその会社と比べる手がかりが届きつづけているかを確かめておきたいところです。内製で得た速さと手元の知見は、社外との比較を持ちつづけることで、いっそう活きます。
今月の施策レビューの終わりに、五分だけ枠をとる。話すのは、この一か月のうちに社外の誰かから話を聞いてきたチームの一人です。ほかの業界では、いま何が反応を取っているか。その五分を聞いたあとでは、前年同月比の列の数字が、少し違って読めるはずです。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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