外部人材のノウハウは、引き継ぎ資料だけでは社内に残らない

外部人材のノウハウは、引き継ぎ資料だけでは社内に残らない

「この資料に、全部まとめてあります」。契約の最終日、外部から加わっていた専門家がそう言って、共有フォルダのリンクを送ります。開くと、目次があり、作業の手順があり、気をつける点が箇条書きで並んでいる。半年分の仕事が丁寧に整理された、よくできた資料です。担当者はお礼を伝えて、そのフォルダをブックマークに入れました。三か月後、以前と同じような判断に迷ったその担当者が開いたのは、フォルダではなく、本人の連絡先でした。

迷ったときに知りたいのは、何をしたかより、なぜそう判断したのか、どこを見て手を止めたのかです。そうした判断のくせや勘どころ、いわゆる暗黙知は、文書にはほとんど書けません。外部人材のノウハウを社内に残すには、契約の最後に資料を受け取るより、最初の月から社員の相手役を決め、同じ場で一緒に判断する時間を重ねるほうが確かです。

挿絵:港を離れる舟と、分厚い資料を前に立つ社員

外部人材のノウハウは、資料だけでは社内に残らない

契約の終わりが見えてきたとき、「ノウハウを残してほしい」と頼むのは自然なことです。ただ、「残す」が何を指すかによって、頼むことの中身は変わります。

外部人材のノウハウを社内に残すとは、資料を受け取ることではなく、判断のくせや勘どころを、同じ場で一緒に仕事をする時間のなかで、社員の側へ移していくことです(GreatRIVER編集部)。

ノウハウには、書いて渡せるものと、一緒に過ごさなければ移らないものがあります。前者は資料で十分に残せ、後者は資料をどれだけ厚くしても残りません。引き継ぎがうまくいかない多くの場面では、この二つが同じ方法で、同じ最終月に、まとめて残されようとしています。

引き継ぎ資料が読まれない理由

冒頭の担当者が迷ったのは、暗黙知が要る場面でした。取引先から想定していなかった要望が届いたとき。作業の順番を入れ替えるかを決めるとき。こうした場面は、資料の目次のどこにも当てはまりません。手順書は決まった順に進むときによく働きますが、迷うのは決まった順から外れたときだからです。

そこで担当者は本人に連絡します。本人は少し考えて、「それなら、先にあの部署の方に聞いておいたほうがいいですよ」と答える。この一言は、資料のどこにも書かれていませんでした。本人にとって、それはいつの間にか身についていた判断のくせで、書き残す項目として意識に上ってこなかったのです。

知識が組織の中でどう生まれ、広がっていくかを説明したSECIモデルという理論は、暗黙知は同じ場で経験を共にしなければ移らない、というところから始まります。共同化と呼ばれる段階です。契約の最後に一冊の資料にまとめる引き継ぎは、この最初の段階を飛ばして、いきなり文書の形にしようとする試みだと分かります。

資料、手順書、引き継ぎの打ち合わせ。それぞれに残るもの、残らないもの

よく選ばれる手段を、一つずつ見ていきます。

引き継ぎ資料には、決まったことと経緯、関係者の名前と連絡先が残ります。残らないのは、書いた時点ではまだ起きていなかった場面で、何を先に見るかという判断です。手順書やマニュアルは、繰り返す作業を同じ品質でこなすにはいちばん確かですが、手順から外れた場面を扱えません。

最後の月の引き継ぎの打ち合わせでは、資料の行間を補い、その場で質問できます。けれど答えられるのは、聞かれたことだけです。まだ迷ったことのない社員は、何を聞けばよいかが分かりません。本人も、聞かれて「そのときの状況によります」としか答えられないことがあります。

契約後も本人に聞ける関係を保つ手段もあります。冒頭の担当者がしたのも、これでした。ただ、判断はいつまでも本人の側にあり、本人と連絡がつかなくなれば途切れます。

図:文書で移るもの、同じ場で移るもの(GreatRIVER作成)

並べると、どの手段にも残せるものがあり、残せないものが共通していることが分かります。手順と段取り、決まったこと、関係者の一覧は、資料で残すのがいちばん手間がかかりません。残らずにいるのは、判断のくせと迷ったときの勘、そして誰に何を聞けばよいかという人のつながり方です。読まれなかったのは、資料の出来のせいではありません。資料に書けないものが、まだ誰にも移っていなかったのです。

外部人材のノウハウを社内に残す方法:最後の月ではなく、最初の月から

残す手段は、同じ場で一緒に判断する時間です。判断のくせは判断の場面に居合わせたときにしか見えないので、この時間は契約の最後にまとめて取れません。

図:二つの残し方(GreatRIVER作成)

最初にすることは、契約が終わったあとに仕事を引き継ぐ社員の相手役を一人決め、初日から外部人材と組ませることです。議事録を受け取る人ではなく、判断の場面に居合わせる人として。取引先への返事や案の出す順を、外部人材が決めて結果を共有するのではなく、決める前の迷いの段階から、相手役が同じ画面を見ている状態をつくります。

外部人材に頼むことも変えます。「最後に資料を残してください」ではなく、「迷ったところで、なぜそちらを選ぶのかを、その場で話してください」と頼む。判断の理由は、判断した直後がいちばん言葉にしやすく、その場で口にされた理由は、相手役の中に具体的な場面と一緒に残ります。

月を重ねるうちに、判断する人を入れ替えていきます。はじめは外部人材が判断し、相手役が理由を聞く。やがて相手役が判断し、外部人材が自分ならどう考えるかを返す。最後の月には、外部人材はほとんど口を挟まなくなっている。そうなっていれば、最後の資料は、すでに移ったことを確かめ、書けるものを書き留めるためのものになります。

かかるのは相手役の時間です。その時間を、もともとの仕事に上乗せせず、仕事の一部として認めておくこと。ここを曖昧にすると、相手役は判断の場面に立ち会わなくなり、結局は最後の月の資料に戻ってしまいます。

社内に残ることが、外部人材への支出を投資に変える

外部人材に頼む利点の一つは、必要な専門性を、必要な期間だけ、固定費にせずに持てることです。けれど、契約が終わったときに何も残っていなければ、その支出はその期間の成果に対する費用で終わります。翌年、同じ種類の依頼を社内で受けられるか、また外に頼むか。その違いが、支出の性格を分けます。

成果物を受け取ることそのものが目的なら、外注として頼み、納品してもらうのが合っています。社内に残したいものがあるかどうかは依頼の前に決められ、あるなら相手役を置く時間も、最初から依頼の中身に含めて考えられます。

私たちGreatRIVERは、企業に持ち込む力の一つに「組織に残す」を置いています。問い、判断基準、プロセス、知識、ネットワークを、組織に蓄積していくこと。変動費として専門性を持てることと、知見が内側に残ること。その両方がそろって、はじめて外部人材への支出は投資になると考えています。

挿絵:港で専門家と社員が並び、社員が先に動き出す

まとめ:相手役と迎える、契約の最初の月

外部人材のノウハウを残そうとするとき、多くの組織は、契約の最後に資料を受け取ることを考えます。資料に残るものは確かな価値です。けれど、判断のくせや勘どころ、誰に何を聞けばよいかという人のつながり方は、文書には移りません。だから、残すための手は契約の初めに打ちます。社員の相手役を決め、一緒に判断し、理由をその場で口にしてもらう。最後の資料は確かめのために使う。

契約の三か月目、取引先から、想定していなかった要望が入る。外部の専門家が口を開く前に、相手役の社員が言います。「先に、あの部署の方に聞いておきましょうか」。専門家は、黙ってうなずきます。

執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)

企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。

GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。