新規事業のカニバリゼーションで、営業が守っているのは顧客との約束

新規事業のカニバリゼーションで、営業が守っているのは顧客との約束

営業部の棚の端に、新商材のパンフレットが束のまま積まれています。発売の月に帯をかけたまま並べたもので、一つの四半期が過ぎても、束の高さはほとんど変わっていません。発売の前、新規事業の担当者は営業会議で商材の説明をしました。説明を終えて「ご意見があれば」と尋ねたとき、手は一つも挙がりませんでした。

新規事業で営業の協力が得られないとき、営業はたいてい、新しい商材そのものに反対しているわけではありません。新しい商材が既存の商材と売上や顧客を奪い合う、カニバリゼーションの場面で営業が抱えているのは、今期の数字に加えて、既存の顧客と積み上げてきた約束と、長く続いた関係です。その重さは会議では言葉にならず、異論は表に出ないまま、棚の束の高さとして現れます。最初の一手は、営業が担当先で何を抱えているのかを知ることにあります。

挿絵:束のまま積まれた資料と、手の挙がらない会議

新規事業のカニバリゼーションとは

カニバリゼーションは「共食い」を意味する英語で、マーケティングでは、同じ会社の商品どうしが売上や顧客を奪い合うことを指します。新規事業の文脈では、この言葉にもう一つの意味が重なります。

新規事業のカニバリゼーションとは、新しい商材が既存の商材の売上や顧客を奪い合うことで、社内では売上の数字だけでなく、営業が既存の顧客と積み上げてきた約束の問題として現れます(GreatRIVER編集部)。

前半は表計算の上で扱えますが、後半はそうはいきません。約束は顧客ごとに違い、表の一行にはまとまらないからです。会社全体では置き換えたほうが得になる計算でも、一人の営業の担当先で見ると、まるで違う話に見えることがある。新規事業と既存事業の対立の多くは、このずれから生まれています。

営業の協力が得られないとき、会議で起きていること

会議のあいだ、営業の人たちは資料をめくり、うなずき、価格や在庫について質問をいくつかしました。担当者は、ひとまず受け入れられたと感じます。ところがひと月たっても、案件の一覧に新商材の名前はほとんど載ってきません。声をかけると返ってくるのは「タイミングを見て提案します」という、丁寧で日付を含まない答えです。上司を通じて部会で提案を促すと、パンフレットは何部か減りました。ただ、商談の記録には、既存の商品の打ち合わせの最後に資料を手渡した、という書き方が並んでいます。

会議で異論が出なかったこと自体を、疑ってみる必要があります。組織の内側では、社内の論理が正しさの基準を決め、人間関係が反論の量を決めます。会社が承認した新規事業には協力するもの、という論理と、説明しているのは同じ会社の同僚だ、という関係。二つがそろった場では、反論の量はゼロに近づきます。言葉にならなかった異論は消えたのではなく、提案の日付が決まらないこと、棚の束が減らないことのように、日々の動き方の側に姿を見せます。

営業の側から、同じ会議を見直す

今度は、三十ほどの取引先を受け持つ営業の担当者の側に座り直します。今日は、長く付き合いのある取引先で来期の条件をすり合わせる日で、鞄には新商材のパンフレットが一部入っています。

この顧客との条件や対応の仕方は、担当が何代か替わるあいだに積み上がってきたものです。新商材を提案すれば、顧客は、いま使っているものはどうなるのか、この先も同じ条件なのかと尋ねるはずです。担当者は、その問いに会社として答えられる言葉をまだ持っていません。答えを持たないまま提案すれば、積み上げてきたものを自分の手で揺らすことになります。

数字の問題もあります。置き換えが起きたとき自分の成績がどう数えられるのか、決まっていなければ、置き換えは自分の数字を減らす行為に見えます。そして、顧客の事情に合わせて話せないものは提案できません。顧客の前で言葉に詰まったとき困るのは、その顧客と来月も会う自分です。

担当者は新商材に反対したのではありません。顧客との約束を危うくしない話し方を、まだ見つけていなかった。会議でそれを口にすれば協力しない人に見えるので、黙って持ち帰り、急がないことを選んだ。顧客を受け持つ営業として、筋の通った判断です。

営業が守っているもの:数字、約束、関係

営業が抱えているものを、表に見えやすいものから順に並べると、次のようになります。

図:営業が守っているもの(GreatRIVER作成)

上の二層、今期の数字と評価のされ方は、会議の議題にのぼりやすく、新規事業の側も手を打ちやすい層です。見えにくいのは、その下の二つです。顧客との約束は、契約書の条件だけではありません。何かあれば次の日には顔を出す、値上げの前には必ず相談する、前任者から受け継いだ申し送り。こうしたものは担当者の頭の中とやりとりの履歴にあり、社内の資料にはほとんど載っていません。いちばん下にあるのは、長く続いた関係と、顧客から頼りにされている自分です。

新規事業の側の説得は、たいてい上の二層にしか働きかけていません。守っているものの重心が下の二層にあるとき、上の層への手当てだけでは、棚の束は減りません。

どう説得するかから、何を守っているかへ、問いを変える

新規事業の担当者は終始、どうすれば営業を説得できるか、という問いを解こうとしていました。ただ、この問いは営業を動かす対象として置いていて、営業に自分の事情を語る順番が回ってきません。

問いを置き直してみます。解くのは「営業の協力をどう取りつけるか」ではなく、「新商材と既存の顧客との約束を、どう両立させるか」のほうかもしれません。問いが変わると、営業は説得される相手から、一緒に解く相手になります。顧客との約束をいちばんよく知っているのは、営業だからです。

図:説得から入るか、守るものから入るか(GreatRIVER作成)

上の進め方は、新商材の利点を話すことから入り、下の進め方は、担当の顧客を一緒に見ることから入ります。この顧客とどんな約束を重ねてきたのか、何を先に確かめておきたいかを知ったうえで、どの顧客からどの順番で話すかを決める。そうすると新商材は、営業の言葉で話されるようになります。それで反対が消えるわけではなく、急げない理由がいくつも出てくるはずです。けれど出てきた理由は、もう表に出ない異論ではなく、一つずつ扱える課題です。

カニバリゼーションの対策:伝え方、評価、売る順番を営業と決める

対策は、既存の顧客への伝え方、営業の評価の数え方、売る順番の三つを、営業と一緒に決めることです。

伝え方では、顧客が真っ先に尋ねる「いま使っているものはどうなるのか」に、会社としての答えを先に用意しておく。顧客がどこで不安になるかを知っているのは営業なので、出そうな問いと答えを一緒に書き出していきます。

評価では、置き換えの数え方が要になります。置き換わった分を減点にしない、一定の期間は新商材を別に数える、置き換えそのものを成果として数える。どれが合うにせよ、売り出す前に、評価の仕組みを持つ部門や両方の事業を見渡せる人を交えて決め、伝えておくことが大切です。

売る順番は、一斉である必要はありません。既存の商品では応えきれていない困りごとを抱えた顧客、既存の取引と重ならない顧客、新しいものに前向きな顧客。どこから始めるかを営業と決め、最初の何社かで受け止め方を確かめていけば、次に話すときの言葉が増えていきます。

三つに共通するのは、計画を仕上げてから説明するのでなく、計画の途中で営業の知っていることを入れていくことです。

GreatRIVERが企業に持ち込む五つの力の最初にも、「問いを変える」を置いています。そもそも何を解くのかから考える力です。新規事業と営業のあいだの話は、最初の問いの置き方で、その後の進み方が大きく変わる場面の一つです。

挿絵:営業と担当者が並んで顧客の店へ向かう道

まとめ:新規事業とカニバリゼーション

新規事業で営業の協力が得られないとき、営業は新商材に反対しているとは限りません。カニバリゼーションの場面で営業が抱えているのは、今期の数字と評価のされ方、そしてその下にある、既存の顧客との約束と長く続いた関係です。下の二つは会議では言葉になりにくく、異論は提案の先送りとして現れます。伝え方、評価の数え方、売る順番を営業と一緒に決めるとき、営業は両立の道を一緒に考える相手になります。

棚の束から一部を抜いて、営業の担当者の次の顧客訪問に同行してみる。その日は、新商材の話をしなくてもかまいません。帰りの道で、あの顧客とはどんな約束を重ねてきたのかを、担当者に尋ねてみる。新商材の話は、その答えのあとから始まります。

執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)

企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。

GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。