
デザイン思考が新規事業で活きるかは、ワークショップのあとで決まる
ワークショップから二か月が過ぎても、会議室の壁には付箋が貼られたままです。色ごとに分けられ、いくつかは丸で囲まれ、矢印でつながれている。あの日撮った写真は、共有フォルダに何十枚も並んでいます。次にその部屋を予約したチームが、付箋をそっと剥がし、束ねて棚の端に置きました。
デザイン思考が新規事業で失敗するのは、ワークショップで出た案を形にし、現実の反応で確かめ、問いを直す動きを、そのあとも担う人が組織の中にいないからです。付箋に書かれた案は、書かれたところで止まります。

デザイン思考が新規事業で失敗する理由
デザイン思考は、使う人の様子をよく見て問題を捉え直し、案を広げ、試作で確かめていく考え方として、企業の中でも使われるようになりました。そのあとで「やってはみたが、事業にはならなかった」「デザイン思考は意味がないのではないか」という声が出るのも、珍しいことではありません。
デザイン思考が新規事業で失敗するのは、手法が悪いからではなく、ワークショップで出た案を形にし、現実の反応で確かめては問いを直す動きを、続けて担う人が組織の中にいないからです(GreatRIVER編集部)。
デザイン思考の芯は、試しては直すことを重ねるところにあります。ところがワークショップで進むのは、多くの場合、最初の一巡りの前半です。観察し、問いを立て、案を広げるところまでは一日でも進みます。試作を誰かに見せ、反応で問いを直すのは、ワークショップが閉じたあとの時間です。その時間を持つ人がいなければ、手法はいちばん大事なところに届かないまま閉じていきます。
失敗の理由を手法に求めると、進め方や講師、ワークシートを変えることになりがちです。それでも同じところで止まるなら、見直す先は手法の外にあります。
ワークショップのその後に、残るもの、残らないもの
普段は顔を合わせない部署の人が同じ机を囲み、顧客の立場に立ち、肩書きを外して案を出す。日々の会議では起きにくいことが、あの場では起きています。参加した人の多くは、いつもの仕事とは違う手応えを覚えているはずです。
そのあと手元に残るのは、壁の付箋、共有フォルダの写真、案の名前が並んだまとめの資料です。資料は実施の報告として共有され、報告が受け取られると、ワークショップは一つの区切りを迎えたように見えます。報告書の上では、案はすでに「出た」ことになっている。実際には、まだ誰にも見せられていないにもかかわらずです。
記録は、動きが止まった時点の姿を写すものです。写真を何度見返しても、次に何をつくり、誰に見せればよいかは写っていません。参加者は次の日から本来の仕事に戻ります。誰が続けるのかを決めないまま場が閉じると、案は全員のものになり、同時に誰のものでもなくなります。二か月後、棚の端に残ったのは付箋の束で、次の試作の予定は、誰の手帳にも残っていませんでした。
デザイン思考を、手法と、続ける人に分けて見る
デザイン思考を二つに分けて見てみます。一つは手法。もう一つは、その手法を使いつづける人と、その人が動ける場です。
進め方の順序、問いの立て方の型、ワークシートといった手法は、本や講座から学べ、ほかの会社から持ってくることもできます。持ち運べることは手法の強みです。一方で、その会社がいま何を問いたいのか、なぜこの事業をやりたいのか、顧客との関係や社内の事情は、持ち運べません。手法だけを写しても、別の会社で起きたことは自分の会社では起きません。
同じワークシートを使っても、ある会社では問いがだんだん鋭くなり、別の会社では空欄を埋める作業になる。違いを生んでいるのは、前回の問いを覚えていて、新しい反応を持ってまた机に戻ってくる人がいるかどうかです。手法は、その人の手の中に置かれたときに、初めてその会社のものになります。
形にして、現実の反応で確かめつづける
続ける人の仕事の中心は、形にすることと、現実の反応で確かめることです。
形にするとは、試作や、サービス、体験、制度として具体にしてみることです。最初から完成品である必要はなく、短い説明文、紙に貼った画面の見本、仮の申込書で構いません。見せたときの反応は、案の良し悪しより先に、問いそのものを動かします。手続きを簡単にしたいと画面の見本をつくったのに、相手が気にしていたのは、その前に何を用意すればよいか分からないことだった、というように。反応を受けて、何を解くのかを変える。ここがいちばん大事な一点です。

この循環は、問いを直してはまた形にし、また見てもらうことを重ねるものです。回るたびに案はその会社の顧客と事情に合ったものへ近づき、事業はその先の何巡り目かで、ようやく姿を見せはじめます。
形は、粗いうちに見せたほうが手がかりを得やすくなります。つくり込んだ試作を前にすると、見る人は細部の好みを語りはじめますが、紙の見本なら「そもそも、これは何のためのものか」に目が向きやすい。仕上げるほど、つくった側も案を手放しにくくなります。
そして、循環の中心には同じ人がいる必要があります。担当が替わると、前の人が三巡り目で捨てた問いを、次の人がまた一巡り目から拾い直すことになるからです。
デザイン思考を新規事業に活かすには、確かめつづける人を置く
ワークショップは、部署を越えて顧客の立場で考える入口として意味があります。変えたいのは、一日の行事として置くのではなく、そのあとに要るものとひとつながりで用意することです。

まず、試作の時間。意識して確保しなければ日々の業務に押し出されるので、週の予定に先に入れておきます。完成度より、見せられる状態にすることを優先します。
次に、反応を見る場。試作を見せる機会は先に日取りを決めておき、反応は言葉どおりに書き留めます。自分たちの解釈で丸めると、問いを直す手がかりが消えるからです。
そして、続ける人。同じ人が、ワークショップの日から数か月、同じ問いを持ちつづける。もう一つの仕事は、ワークシートの項目や顧客の反応を自社の言葉に置き換え、借りてきた型をその会社の仕事の進め方に変えていくことです。時間や場の仕組みだけを整えても、この人がいなければ、予定表の枠は別の会議で埋まっていきます。
私たちGreatRIVERも、企業のチームの中で、案を言葉や絵、試作に起こし、現実の反応で確かめる動きを担っています。外から加わる人は社内の事情にしばられずに問いを直せる一方で、その会社の想いは社内の人の中にあります。だから社員の方々と一つのチームで動くことを大切にしています。

まとめ:手法の外にあるもの
デザイン思考が新規事業につながらなかったとき、振り返りたいのはワークショップのあとの数か月です。案を形にし、顧客や現場に見せ、返ってきた反応で問いを直す。この動きを、同じ人が担えていたかどうか。
ワークショップの場は、入口として生かせます。そのあとに、試作の時間と、反応を見る場と、続ける人を足す。問いも想いも会社ごとに違う以上、借りてきた手法を自社の進め方に変えていけるのは、社内でその問いを持ちつづける人です。
棚の端の付箋の束は、置いておけば、いつでもまた広げられます。形にして確かめつづける人は、棚には置いておけません。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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