
デザイナーの提案が通らないのは、相手の事情を聞かずに出すから
「よく分かりました。少し、預からせてください」。三つの案を説明し終えたところで、事業部長はそう言って、手元の提案資料を閉じました。反論は一つもありませんでした。調べた市場のこと、ブランドとしての一貫性、使う人の動き。デザイナーは順を追って話し、出た質問にもすべて答えています。二週間後、その案件は、提案とは別の方向で動きはじめていました。
デザイナーやディレクターの提案が通らない理由は、案の出来より、案の外にあります。その仕事の予算がどこから出ているのか、部署どうしの間で誰が何を背負っているのか、目の前の人が本当に大事にしているのは何か。それを知らないまま差し出された提案は、よくできていても、相手にとっては選びようのないものになります。提案の前に相手の話を聞く時間を持てるかどうか。デザイナーに求められるファシリテーションの芯は、そこにあります。

デザイナーの提案が通らない理由
説明が足りなかった、見せ方が弱かった。提案が通らなかったときに思い浮かびやすい理由は、冒頭の提案には当てはまりません。相手は内容を理解したうえで「よく分かりました」と言っています。それでも通らなかったのは、相手が選べない事情を抱えていたからで、その事情は依頼の資料にも、提案の場の質疑にも出てきませんでした。
デザイナーのファシリテーションとは、正しい案を説明で通そうとすることではなく、相手の予算の事情や部署の関係、その人が大事にしていることを対話で聞き取り、相手が自分で選べる形に提案を組み直していくことです(GreatRIVER編集部)。
ここで言うファシリテーションは、会議の進行だけでなく、提案の前と後に相手の話を聞き、案と相手の事情をつなぐ働き全体を指しています。正しさを手放す話でもありません。調べ尽くした根拠も筋の通った推奨も、提案の芯として欠かせない。そこに、相手の事情を足す話です。
一度目の提案:正しさだけを持って入る
依頼は、ある事業のブランドの見直しでした。デザイナーは二週間をかけて競合の見せ方を並べ、顧客が商品に触れる場所を確かめ、課題を三つに絞って三つの方向の案をつくり、推奨する一案に印をつけました。準備として、足りないところはほとんどありません。
当日の事業部長からの質問は二つでした。「いつ頃から切り替えられますか」と「ほかの部署の動きとは、どう合わせればいいでしょう」。デザイナーは工程表と共有の手順を答え、問いの奥に何があったのかは尋ねないままでした。
後から振り返れば、いつから、という問いの裏には今期の予算がどこまで使えるかという事情が、ほかの部署と、という問いの裏には、最初に頼みに行かなければならない相手の顔がありました。事業部長は案に反対だったのではなく、選んだあとに自分が引き受ける仕事の重さを測りかねていたのです。よくできた案には反論もしにくい。「預からせてください」は、反論できない案を前にした人が選ぶ、いちばん穏やかな断り方なのかもしれません。
提案が通るかを決める、案の外にあるもの
提案が通るかどうかを決めているものを、表に見えるものから順に並べると、次のようになります。

いちばん上の案の正しさは、資料に書くことができ、デザイナーが最も得意とするところです。けれど相手がどの案に手を伸ばすかは、たいてい資料に載らない下の三つで決まっています。
一つめは、予算の構造です。お金がどの部門のどの枠から出ているのか、今期限りか来期にも続くのか。同じ案でも、今期の枠に収まるかどうかで、相手にとっての重さはまったく変わります。
二つめは、部署の力学です。提案を受けた人は、案を通したあとに、ほかの部署へ頼みに行く役を負います。案が良いほど、変わるものは増える。事業部長が背負っていたのは、案そのものより、案が生む頼みごとの数でした。
三つめは、その人の動機です。前任者から引き継いだものを自分の代でどうしたいのか、失敗できない事情はないか。動機は尋ねればすぐ答えが返るものではなく、話しているうちに少しずつ出てくる本心のようなものです。最後まで見えにくく、けれど選ぶときに最も強く効いてきます。
ユーザーについては深く調べるデザイナーも、提案を受ける人の事情については、あまり尋ねないまま当日を迎えることがあります。
二度目の提案:先に聞き、相手が選べる形にする
同じ案件を、もう一度たどり直してみます。違うのは、提案の二週間前に、資料を持たずに三十分だけ時間をもらうことです。案の話はせず、尋ねるのは、たとえば次のようなことです。予算はどこから出ていますか。うまくいったとき、最初に喜ぶのは誰ですか。手間が増える人はいますか。何が変わったら、やってよかったと思えますか。
予算は今期の枠で、来期は未定。営業はいまの見せ方で長く売ってきていて、急な変化には慎重。そして事業部長自身は、前任者が育てたブランドを自分の代で壊したとは言われたくない一方で、このままでは先がないとも感じている。最後の一つは、三十分の終わり近くに、半ば独り言のように出てきた言葉でした。

三つの案そのものは大きく変えず、差し出し方を変えます。それぞれの案を今期に手がける部分と来期に回せる部分に分け、営業が顧客にどう話せばよいか最初の一言を添え、何を受け継ぎ何を新しくするのかを案ごとに一行で並べる。推奨の印は外し、選ぶときに考えたい問いを三つ置く。
当日、説明は十分で終わり、残りの時間は事業部長が案を見比べることに使われました。最後に事業部長は、二つ目の案を今期の部分だけ進めたいと言いました。案の正しさに加えて、自分の事情に合う理由がそろっていたからです。
提案は、出す前に半分決まっています。残りの半分は、もちろん案の質です。デザイナーは根拠を一つも捨てておらず、案のどこを相手の事情につなげるかを選び直しただけです。
デザイナーに求められるファシリテーションとは
提案する人にとってのファシリテーションは、会議の進行より手前にあります。相手がまだ言葉にしていない事情を、対話の中で聞き取ること。本心を引き出す力です。本心は問い詰めて出てくるものではなく、答えやすい問いから始め、遮らずに聞き、出てきた言葉を相手に返すうちに、相手のほうが自分の事情を整理していきます。こうして相手が自分で選んだ案は、その人が社内で進め、反対にあったときにも支える案になります。
私たちGreatRIVERが、参画する創造性人材と共有しているクレドの一つに「正論ではなく、心を動かす。」があります。添えている説明は「組織は正論では動かない。予算の構造、部署の力学、その人の動機を理解したうえで、対話で本心を引き出す」。正しさを捨てるのではなく、組織は正論だけでは動かないという前提に先に立つための言葉です。文脈を知らないまま出された正論は的を外す。同じことは社内のデザイナーにも起きると考えています。
この力は、話術の才能より習慣に近いものです。提案の前に、案の話をしない時間を一つとり、尋ねる問いをいくつか用意しておく。そのとき、デザイナーの仕事は、つくることから、組織の中で物事を動かすことへと広がっていきます。

まとめ:提案の前に、案の話をしない時間を
デザイナーの提案が通らないとき、足りないのは案の出来より、案の外にある相手の事情であることが多い。予算の構造、部署の力学、その人の動機。この三つは資料には載らず、尋ねなければ出てきません。デザイナーに求められるファシリテーションは、この事情を対話で聞き取り、正しさを手放さずに、相手が自分で選べる形へ提案を組み直す力です。
資料を持たずに、相手の話を聞く三十分を一つとってみる。次の提案の二週間前、案の話をしないままで。その三十分で聞いたことは、提案資料のどこにも書かれません。けれど提案の日、相手が手を伸ばす案は、その三十分の中で選ばれはじめています。
執筆:杉山 諒(株式会社アマナ/プロジェクトデザイナー・GreatRIVER主宰)
企業のブランディングや新規事業開発、人材育成など幅広いプロジェクトに参画し、プランニング・ファシリテーションを中心に企画・設計に従事。クリエイティブ人材育成プログラムamana Creative Camp、創造性人材循環事業GreatRIVERを主宰。認知科学コーチ。
GreatRIVERは、プロジェクトデザイナーをはじめとする創造性人材がチームで参画し、構想と推進の両面から企業のプロジェクトに内側から伴走するサービスです。まずは停滞しているプロジェクトの見立てからで構いません。
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